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水戸家庭裁判所下妻支部 昭和38年(少)11917号 決定 1964年1月23日

少年 N(昭一九・四・四生)

主文

この事件については、審判を開始しない。

理由

検察官の本件送致事実の要旨は、

少年は、昭和三七年一一月○日午前九時ごろ栃木県宇都宮市○○町○○○○番地附近道路において、法定の最高速度(三〇キロメートル毎時)を一五キロメートルこえた四五キロメートル毎時の速度で第一種原動機付自転車(結城市第○○○○号)を運転したものであるというのであり、この事実は一件記録に徴し、これを認めることができる。

ところが本件送致に至るまでの経緯を一件記録につき概観するのに、本件送致事実は上記日時場所において、栃木県警察本部警備部交通課勤務司法巡査根岸幾求ほか二名の現認するところであつて、その際同人らは、いわゆるインターホン付自記式速度測定機により速度測定をなし、少年に対する供述調書を作成のうえ、所定の犯罪事実現認報告書中の所要欄に記入し、(但し、その際犯罪事実欄の記入にあたつて、「最高速度を一九キロメートルこえた四九キロメートル毎時」と誤記したものである。)同課勤務の司法警察員を経て、宇都宮地方検察庁検察官に送致され、同検察官は、これを水戸地方検察庁下妻支部検察官に移送し、同検察官は昭和三七年一二月三〇日これを当裁判所に送致したので、この事件は当裁判所昭和三七年少第一三六四八号事件として係属し(以下原送致事件という。)当裁判所裁判官上野智は、本件につき調査の末、昭和三八年三月二六日これを水戸地方検察庁下妻支部検察官に送致する旨の決定(その際送致された罪となるべき事実は、司法警察員送致書記載の犯罪事実を引用する方法による。)をなし、一件記録を送付したところ、同検察官は、これを下館区検察庁検察官に移送したが、同検察官は、さらにこれを「送致事実と測定記録表との相違」を理由に宇都宮区検察庁検察官に移送し、その後同検察官はこれを下館区検察庁検察官に移送し、同検察官は犯罪事実の訂正のため再度家庭裁判所の判断をうける必要があるとの趣旨で、これを水戸地方検察庁下妻支部検察官に移送し、同検察官はこれを当裁判所に送致したものであつて、その際少年の処遇に関する同検察官の意見は、刑事処分相当の旨を附記してあることが明らかである。これを要するに本件送致は一見いわゆる再度の送致に該当する疑があるので、この点につき検討するのに、なるほど上掲のとおり原送致事件の移送をなした検察官中には、本件をもつて、或いは犯罪事実の訂正と解し、または前記裁判官の検察官送致決定中の罪となるべき事実の記載と関係証拠の不整合を云為する説が散見されるけれども、這般の不整合は関係捜査機関の誤記にすぎないのであつて、原送致事件と本件とは、その事実の同一性を失わないものといわなければならない。(されば、原送致事件を受理した検察官において、その送致事実につき最高速度超過の程度および現実の運行速度につき、いずれも毎時四キロメートルを減ずるべきものと思料するときは、低減した各速度をもつて起訴すべく、かような起訴上の措置を目して犯罪事実の範囲の縮減または拡張と解するとしても、もとより事実の同一性を失わない限り適法であることはいうまでもない。)

そうすると本件送致は、まさに検察官へ送致後の同一事件の再送致の場合にあたるところ、いわゆる再送致の適否に関して考えるのに、家庭裁判所から刑事処分を相当として検察官に送致された少年事件については、検察官は送致事件の一部につき公訴を提起するにたりる犯罪の嫌疑がないか、または犯罪の情状等に影響を及ぼすべき新たな事情を発見したためもしくは送致後の情況により訴追を相当でないと思料する場合を除き原則としていわゆる起訴を強制されるものであつて、除外例の場合にのみ適法に再度の送致をなしうるものと解するのが相当である。従つてこの要件を充さないでなされた再送致事件については、家庭裁判所は送致手続に瑕疵があるものとして、事件の実体に関する判断に入ることなく、形式的に審理を開始しない旨の決定により終局せざるを得ない。

もつとも反対説は、送致手続の不適法をもつて直ちに審判条件の欠如を帰属するのは解釈厳にすぎる旨論難し、あわせて具体的事件処理の妥当性を考慮すべき旨強調するけれども、元来同一事件の再送致自体きわめて異例であつて、その大半は少年法第四五条五号但書の場合に該当すべく、この場合以外の場合の再送致は、稀有に属すべく殆んどあげて送致検察官の法令の解釈の誤解か、明白な手続上の過誤に基くものであるところ、現行少年法は少年事件の処理にあたつては、いわゆる家庭裁判所の先議権を保障し、保護優先主義を理念とするとともに、これらの諸原則を実効的ならしめるため、その判断を尊重するとの建前に立脚するものと推認しうるから、上掲起訴強制主義をみだし、しかも送致機関の誤解もしくは過誤のもとに係属した少年事件につき、家庭裁判所に対し再度その公権的判断を求めることは、家庭裁判所を試みるものであつて、単にいわゆる訴訟経済に反するばかりでなく、時に前後その判断相矛盾する弊を生ずるの虞なしとしないので、かような場合の再送致は、いわゆる審判条件を欠缺するものとして形式的終局裁判に付すべく、なお所論の具体的事件処理の妥当性の点はこれを他に求めるべきであるといわなければならない。これを本件につきみるのに、検察官は本件事実の送致にあたつて、刑事処分相当の意見を付している点は上記のとおりであつて、一件記録を精査しても、適法な再送致の要件を充していないものと認める(当裁判所は、本件係属後職権をもつて、少年法第四五条五号但書所定の各事由の存否について、直接少年に面接して調査したが、該要件を充すにたりる事実を認めることができない。)から、本件は審判の条件を欠くものといわなければならない。

よつて少年法第一九条第一項前段を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 薦田茂正)

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